on outline processing, writing, and human activities for nature
この金曜と土曜、都心へ車で移動した。金曜は大学の仕事で土曜は教育委員会のしごと。どちらも朝6時半頃に自宅を出発したのだけれど、天気のせいか明るさはずいぶんちがった。
金曜は夜が明けているとは思えないほど暗くて、高速を走る車のテールライトとヘッドライトが美しかった。土曜は雨上がり、でもまだ大気が不安定で表情豊かな雲をとおして見える朝日のまぶしい、清々しい朝だった。
COVID19のおかげで、好きな自分の車で通勤する機会が増え、高速道路がすっかり身近なものになった。
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自宅のある鎌倉(鎌倉幕府)から金沢八景(室町幕府)への朝比奈峠を超えたところで高速道路に入り、浜離宮(江戸幕府)や不忍池(いつ誰がつくったのか知らない..)のそばで高速を降りる。
この道中でいちばんのお気に入りは、ベイブリッジとつばさ橋からの風景。横浜港あたりから川崎へ向かう途中にある、埋め立て地と埋め立て地を結ぶ大きな橋。なぜかベイブリッジだけが有名だけど、両方とも規模はほぼ同じように見える。
二つともたぶん吊橋で、アーチ状につくられている。だから、この橋をわたるのは小さな峠をのぼって超える感じ。土曜の朝のように雨あがりだと、そのてっぺんあたりから遠くを見わたすことができる。東京湾を挟んで対岸にある房総丘陵が、すぐそこにあるかのようにはっきり見えた。
房総丘陵のやや左の木更津沿岸の工場群のえんとつからは、白い煙が、地面近くまで降りたあと上へとのぼり、またその一部が地面へと向い、さらに上空へと上る複雑な動きが、光って見える。
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野生動物の研究をはじめた頃を思い出す。
房総は、もうウン10年前の大学に入学した年の秋、どきどきしながら、もちろんアポイントメントなど取らずに、野生動物の研究グループの研究基地(といっても山小屋)をいきなり訪れ、(その時は留守だったのだけど)それが出発点になって4−5年にわたって野生動物を追いつづけ、たくさんのことを学んだ場所。
夜明け前から一日、房総の森を歩きつづけ調査を終えた夕方、見晴らしのいい丘から遠くにまたたく横浜の夜景を眺めながら、あれはいったいどんな大都会なんだろうと思ったことを、フィールドノートにも書いたし、それを見直さなくてもそのときの気持ちはよく覚えている。
四国から茨城の大学に進んだぼくにとって、東京も横浜も未知のメトロポリスだった。
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今は逆に、そのメトロポリスから房総を、少し複雑な気持ちで見ている。
房総丘陵手前の海面には、雲の切れ目からスポットライトのような太陽の光。直視できないほどまぶしく反射する東京湾を背景に、タンカーや背の高い自動車運搬船が、影絵のように見える。
手前の横浜港には、タワーのような高いクレーンと数キロ四方ありそうな想像を超える巨大な工場の建物。つばさ橋を過ぎてこの工場のある工業地帯へ近づくと、あの独特の臭いがする。
まわりの車は、その臭いも工場の大きさも気にとめていないかのように、窓を閉めるでもなく(もともと閉まっているけど)、表情を変えるでもなく(車は表情を変えないことが多いけど)走りつづける。
かつては、とても好きになれなかった都市化の象徴のような風景を、今は少し楽しめる程度には人間のことを信じられるようになった。
今はこうであっても、そしてすぐには変わらないように見えたとしても、たぶん今は過去よりすばらしい。
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大井を過ぎたあたり、副都心の手前で湾岸から内陸へ入り、高層ビルの合間を高いところから半地下まで、ローラーコースターのようにすり抜け、知らないあいだに銀座を通り過ぎてあの御徒町の雑居ビルの看板の文字がにぎなかになったところで、高速道路から降りる。
電車からは見えない風景をとおりぬけ、なぜかちょっとした満足感を覚えながら上野動物園の脇をゆっくり走ると、そろそろゴール。
そこには、鎌倉と同じようにジョギングをする人たちが、マスクをしていつもよりたがいに距離をとりながら走っている。