gofujita notes

on outline processing, writing, and human activities for nature


専門の言葉をとおして科学を学ぶ 3

(この記事は4月に書いた「専門の言葉をとおして科学を学ぶ 2」のつづきです。少しあいだが空いてしまいました。ごめんなさい。紹介している論文のページやPDFを眺めながら読むと、より楽しめると思います。英語の好きな人はもちろん、苦手な人も、よろしければぜひ..)

 

6. 事前の問いをリストアップする

論文や少し難しい説明文などを読むときに使うおすすめのやり方は、1) 自分の問いを事前に書き出しておくことと、2) 文章を頭から順番に読まない、という方法です。

この Anthropocene の論文を読み始めたとき、ぼくの頭には2つの問いがありました。

  1. Anthropocene が使い始められたとき、どんな意味をもっていたか?
  2. 誰がこの言葉を広め始めたのか?

文章を読むという作業のやっかいな問題のひとつは、予想できない形でその文章の影響を受ける可能性がある点だと、ぼくは考えています。たとえば、今読もうとしている論文が、自分の問いと全然ちがう問いに答えることを目的にしている場合、文章を読み進めるうちに、自分の問いがいつのまにか別の問いにすり変わってしまい、事前の問いは未解決のまま放っておかれる可能性があります。

ですから、論文がとりくんでいる問いにはふりまわされずに、あらかじめ頭にあった問いの答えに近づきたいと、読み始める前の自分は考えています。しかしその一方で、その別の問いが、より大切な新しい視点を教えてくれる可能性もありますから、事前の問いにある程度こだわりながら、新しくて大切そうな問いを受け入れる余裕をもっておくことも大切になります。

この微妙なバランスを保つコツとして、ぼくはアウトライナーや手書きのノートなどに、事前の問いのリストを書き出すことにしています。そうすることで、安心して目の前にある文章を読むために、事前の問いを手放すことができます。

 

7. タイトルと摘要を眺める

では、作業を始めましょう。最初に書いたように、いきなり本文を頭から読んだりせずに、この論文のねらいは何かを探りながら、事前の問いの答えも探します。まずは、タイトルと摘要 Abstract を眺めます。

この論文のタイトルは「The Anthropocene: conceptual and historical perspectives アンソロポシーン ーその概念と歴史の展望ー」。タイトルの中に、上にあげた問いへの答えは見当たりません。

つぎに、摘要をななめ読みします。摘要って、ちょっと耳慣れない言葉ですね。だいたい 200-300 語の短い文章です。論文全体の要約に一番のウリを加えた短い文章だと、ぼくは理解しています。

てっとり早く論文の内容を俯瞰するための文章ですから、この摘要を読まない手はないのですが、知らない分野の場合、読むには読んだけど内容はほとんどわからないということもあります。でもそれはよくあることですから、もし摘要の内容がちんぷんかんぷん (不思議な日本語ですね) でも、気にしないで先へ進みましょう。

今回は、運よく摘要から内容を予想できたので、その要点をノートに書きました。

Anthropocene (という新しい言葉を提案し普及すること) の意義は、「数万年あるいは数千万年にわたって地質学的な記録が残るような地球規模の大変化を、人類が生み出しているのではないか」という問いを人々につきつけることにある。

なるほど。

でも、これだけだと Anthropocene という言葉が、具体的にどのように機能して、人類による地球規模のインパクトをみんなに伝えることができるのか、その仕組みが分かりません。

そこで、この問いもリストに加えます。

  1. Anthropocene が使い始められたとき、どんな意味をもっていたか?
  2. 誰がこの言葉を広め始めたのか?
  3. この言葉は、人類による地球規模のインパクトをどうやって効果的に伝えるのか?

 

8. 図表を眺める

この論文には、5つの図とひとつの表がついていました。まず図をひととおり見ると、横軸に年代をとった図、つまり、何かの年変化を示した図が3つ含まれています。これはチャンス。横軸の年代幅を見れば、Anthropocene がターゲットにしている年代が分かるかもしれません。

最初のグラフでは、1750年から2000年 (過去250年) の範囲を横軸にとっています。別のひとつでは2000年から2030年 (未来30年)、そして残りのもうひとつのグラフでは1970年から2010年 (過去40年) が横軸の範囲です。

最初に Anthropocene という言葉を聞いたとき、ぼくは数万年という範囲を予想したのですが、この3つの図をみる限り、もっと短い期間、おそらく1700年代以降の数100年、あるいはもっと短い1970年以降の数10年にフォーカスした言葉である可能性が高いようです。

とくに過去250年の年代を横軸にとった最初の図には、全部で24葉のグラフがずらりと並べてあり、論文にとってとくに大切な役割を担っていそうにみえます。そこで、この図をもう少しゆっくり眺めてみます。

まずは、縦軸を確認します。「人口」から始まり、「ダムの数」や「水の使用量」、「化学肥料の (消費?) 量」や「二酸化炭素の濃度」などが縦軸にとってあり、その数値の桁数の大きさから、地球全体を単位にしているようです。

この図の下にある説明を読むと (学術論文では、図の説明は図本体の下、表の説明は表本体の上につける習慣があります)、産業革命という言葉が目に入りました。なるほど。1750年から始めるグラフがたくさん並んでいるのは、この産業革命以降の250年間で、地球にくらす人口がどう変化し、地球全体で使われた化学肥料や二酸化炭素濃度がどう変化したのかを示すためのようです。

そこで、グラフ自体も観察してみます。このグラフをみる限り、1750年以降、たとえば人口や二酸化炭素濃度は右肩上がりの増加していますが、その増加速度が1950年から1970年頃を境に一気に大きくなっています。著者は、この24葉のグラフを通して、この1950-70年に何かあったことを示しているのかも知れません。

そこで、これも問いのリストに加えます。

  1. Anthropocene が使い始められたとき、どんな意味をもっていたか?
  2. 誰がこの言葉を広め始めたのか?
  3. この言葉は、人類による地球規模のインパクトをどうやって効果的に伝えるのか?
  4. 1950-70年前後に何か起こった?

こういった作業を、他の図や表をみながらつづけて気づいた疑問を、問いのリストに加えます。本文を読む前の段階で、ぼくの問いのリストは、以下の5つにまで育ちました。

  1. Anthropocene が使い始められたとき、どんな意味をもっていたか?
  2. 誰がこの言葉を広め始めたのか?
  3. この言葉は、人類による地球規模のインパクトをどうやって効果的に伝えるのか?
  4. 1950-70年前後に何か起こった?
  5. 地球規模の生物多様性の減少が人類の最終課題?

 

9. 内容を推理しながら読む

ここで紹介したやり方は、たしか、学部時代の大学図書館の司書のお兄さんから教わりました。大学に入ってすぐ、図書館で論文の探し方を質問したときだったと思います。

上に書いた手順を、文章で読むと少し長くかかりそうに感じるかもしれませんが、実際にかかった時間はたしか3-4分。もちろん、今のぼくはほとんど毎日論文を読んでいますので、慣れているから早いというのもあると思います。英語の論文を読み始めた頃、ぼくは高校までの英語の授業を大いにさぼってましたから (ごめんなさい)、たとえば摘要を読むだけで1時間かかったこともあったと思います (今も決して早く読める方ではありませんが.. 笑)。

そして、英語を読むのが遅かったときほど、この本文を読む前に内容を推理する方法が役に立っていたと思います。時間をかけて読みすすめるべき論文かどうか、本文を読む前に判断できるからです。

最初は、内容を勘違いしていたこともありましたし、読む必要なしと決めた論文が、あとで大切だったと分かることもありました。今も、その可能性はゼロではないと思います。

でも、短時間で読みとれる情報から、内容を推理しながら読み進めるプロセスを意識して繰り返すうちに、勘違いする割合が小さくなりました。この効果は、保証します。

さて、いよいよ本文に取りかかりましょう。でも、ここでももちろん、本文を頭から順番に読んだりしませんし、最初から本文そのものを読んだりもしません。

え、どうするかって? そうです、アウトライナー好きなあなたは、もう想像ついてますね。それは..。

(つづく)