gofujita notes

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「アンリ・マチス『ジャズ』のテクストをめぐる試論 (I)」ノート

大久保恭子さんの「アンリ・マチス『ジャズ』のテクストをめぐる試論 (I)」をよむ。

Matisse の "Jazz" は書籍芸術。切り紙の絵と手がきの文章 (テクスト) からなる総合芸術。この論文はたぶん、画家が文章をとおして表現することに否定的だった Matisse が手がきの文章を切り絵のあいだに入れた意義を探っている。Matisse が "Jazz" の中での手がきの文章の役割を、目に訴えかけることに限定していた。それがどのようなものだったか検討することが本論文の目的。

以下、その論文をよみながらとったノートをリライトした文章。

著者はまず Matisse が1908年にかいた「画家のノート」とこの "Jazz" を比較する。「画家のノート」はたぶん論文などの文章で、画家が絵ではなく文章をかく理由がかかれているらしい。

この比較にあたり "Jazz" だけでなく Matisse が1946年に用意した準備ノート "Réperoire:6" も加えた上で比較している。"Réperoire:6" にはこの手がきの文章をかく理由について、以下のような記述がある。

取るに足らない。..ではなぜ書く労を取ったか? この彩色図版は、特定の書式で手書きされた文字の頁..で包まれるように、詰め物をされなくてはならない。..ーひとがそれを読もうが読むまいがーしかしひとはそれを見るだろう。それが私の望む全てだ

これは、"Jazz" の「覚え書」の以下に対応している。

いま私は、彩色図版をそれらに一番好ましい状態で見せなくてはならない。そのためには、異なった性格の感覚によってそれらを隔てなくてはならない。この目的に一番ぴったりしているのは手書き文字 (l'écriture manuscrite) だと私は判断した

つまり、手がきの文章をよんでもらう必要はなく、みてもらえばそれでいい。手がきの文章は、彩色図版とちがう性質をもった図版と図版を隔てるもの。図版をつつむものであり、詰めものでもある。中心は図版でしかし図版だけでは表現できない表現を可能にする手段、ということだろうか。

著者は「画家のノート」にかかれている文章は「一片の作為もなく自身の芸術観を綴った文章であるとは言えず、むしろ、当時の批評動向を勘案して自らを伝統の後継者として読者に印象づけようとした戦略的な文章」としている。それに対して、上述2つの "Jazz" の文章は「脱自我的」であり「文章の統括者というよりその傍観者」であったとしている。ここは重要そうだけれど、ぼくはまだよく理解できていない。「画家のノート」をよめそうならよんでみる。

上の「覚え書」以外の特徴として、「光」と「神」そして「即興性」が上げられている。

光。著者はこれが「内部から来る光」で、1941年の第二次世界大戦開戦の年に受けた大きな手術からの生還が関係しているとしている。これは同じ著者の「アンリ・マチス『ジャズ』における表題の考察 (II)」(2013) にも出てくる。そこには、大病からの生還によって、当初高齢もあってファシズムとの戦いに距離をおこうとしていた Matisse の心境の大きな変化があったとされている。

神。神よりも「愛」ということばがよくでてくる。Matisse の神に対する考えは、たとえば「若い画家たち、理解されぬ、あるいは後になって理解される画家たちよ、憎しみは禁物だ」から「愛は芸術家を支えてくれる」の文章に表されており、そこから繋がる「幸福」や「喜び」などのことばにも関係しているという。しかしこれを Matisse の信仰心の現れと捉えてはならず、製作時の「謙虚さ」を表していると、著者は主張している。いずれにしてもこの Matisse が "Jazz" をつくりたいという気もちが、これらのことばに関係していると、著者は考えているようによめる。

即興性。これは "Jazz" という表題と関係している。また Matisse が手がきの文章の部分は、事前に文章をかいてから手がきにしたのではなく、大枠だけ決め、あとは手の動きに委ねて作成したこととも関係している。つまり、完成した図版と図版のあいだに、即興的につくった手がきの文章を入れることで、この "Jazz" という本全体にも即興性をもたせられることを目指していた。

上のパラグラフの最後のセンテンスはぼくのテキトーな予想なので要注意。この即興性は「アンリ・マチス『ジャズ』における表題の考察 (II)」の中心的なテーマとして議論されている。

ここまでをぼくなりにエイヤとまとめる:

Matisse は画家が文章をとおして表現することに否定的だった。しかし、まず病気からの生還などを通した大きな心境の変化があり、「愛」に対する謙虚な姿勢をもちながら、手がきの文章を図版のあいだに挟む形で即興性を加えつつ一歩引いた傍観者的な心もちで、手がきの文章をとおした表現を "Jazz" という書籍芸術に織りこもうとしていた。

つぎの「アンリ・マチス『ジャズ』のテクストをめぐる試論 (II)」をよんで、この理解がどう変化するか。

大久保恭子. 2010. アンリ・マチス『ジャズ』のテクストをめぐる試論 (I). 関西外国語大学研究論集 92, 115-128.

大久保恭子. 2013. アンリ・マチス『ジャズ』における表題の考察 (II). 関西外国語大学研究論集 98, 21-37.

Matisse, "Notes d'un peintre", La Grande Revue, 25 decembre 1908, pp.731-745.

Mattise, "Répertoire:6" 1946. Cite dans Schneider, Matisse, p.710,note31.