gofujita notes

on outline processing, writing, and human activities for nature


夏物語

 

『夏物語』(文春文庫)をよみ終りました。ぼくにとっては初めての川上未映子さんの作品です。

泣きそうになったかと聞かれたら「そうだ、泣きそうになったよ、それが悪いか」とクダをまきながら答えるでしょう。

人間というのは残念なところだらけ、クソのように悪い奴だらけという展開だけど、そして主人公の夏子たちも、煮え切らないところばかりのように見えるけれど、夏子たちを心の底から応援したくなる、そして人間に生まれてよかった、この社会全体をひっくるめた人間という存在がほんのちょっと好きになってしまう、という作品でした。

子どもを生む側(精子提供の出産に限らず、多くのふつうの夫婦たちの出産も含む)の一方的な「幸福」観をあまりにも無条件で賛辞しつづける社会への強烈な批判と感じました。過去の自分の至らなさも受け止めながら、そういう気もちをもてた幸運を大切にしたい。

初期の作品『乳と卵』をまだよんでいませんが、『夏物語』の第一部は『乳と卵』のリライトかも知れません。30歳の夏子と姉の巻子、その娘で小学6年生の緑子、3人が主な登場人物の物語です。第二部は、それからおよそ10年後の話しです。

ガルシア=マルケスは『百年の孤独』のあと『族長の秋』をかくのに7ー8年の時間をかけたと、どこかでよみました。マーク・トゥエインは『トム・ソーヤの冒険』のあと『ハックルベリー・フィンの冒険』をかくのにやはり7年以上の時間がかかったと聞きました。

そういうものとちょっとちがうかも知れませんが、この『夏物語』で表現されていることも、川上未映子さんにとって長く取り組んでいる大きな問いが関係しているのかなと、予想しています。

的外れな可能性も高いですが、今、ジョン・ファンテの『満ちみてる生』(かっこいい日本語タイトルですよね。栗原俊秀訳、出版:未知谷)をよみ直そうと思っています。

ほんとしょうもない男が「父」になるときの物語。ここに登場するジョンは妻のジョイスが身ごもったときに、まぁいろいろ人でなしなことをやりつづけます。訳者栗原さんのあとがきによると、作者のファンテも妻のジョイスが第四子を妊娠したときに、ほんとにひどいことをやったそうです。

女性である夏子の大きな選択をよんだあとに、このしょもない男たちのでもたぶんファンテじゃないと描けない心の風景をよみ直すと何が見えるのか、見えないのか。

ちょっとだけ、何かを期待しています。