5年前、ちょうど David Allen の GTD 本を読んだのと同じ頃、Steve Jobs の動画をみた。あの有名な、Stanford 大学を卒業する人たちへの贈る言葉 (1)。
「.. 私は大学を卒業してません。だから正直に言うと、今が大学の卒業に一番近い場所にいることになります ..」といったくだりで始まる約15分の言葉を最初に聞いたとき、何だかとても元気が出て、ソラで言えるほど繰返し聞いたのを覚えている。
彼のあげた3つのエピソード (connecting the dots 点と点を結ぶ, love and loss 情熱を注ぐものへの出会いと別れ, death 今日が人生最期の日) はどれも印象深いものだったが、最初の connecting the dots だけは、よく分からなかった。いい話だと感じたけれど納得できなかったし、結果論じゃないかと思った。
彼は生まれてすぐ養子になった。その養子縁組のときの取り決めどおり、養父母は彼を大学へ入れてくれた。日本では考えにくいけど、欧米の一部の国の名門大学 (この呼び方は好きではないが..) は、驚くほど授業料が高い。彼の選んだ Reed 大学の授業料は、労働者クラスの両親がそれまでにためた貯金すべてと同額だった。そして、彼は半年でその大学をやめる。大学の講義に、両親の支払った額にかなう価値がないと考えたからだ。
けれど、Reed 大学が得意とする calligraphy の講義だけは受けることにする。そこで彼は、偉大な typography を偉大にしている要素は何なのかを学んだ。長い歴史をもった、緻密で美しい芸術を学び、その魅力に魅せられた。そして、そこで学んだことが10年後の Macintosh の typography (フォント) に結びついた。だからもし、あのときの自分が calligraphy の講義をとらなければ、Macintosh が typography を何種類も標準装備することはなかったろうし、Windows コンピュータもそうだったろうと冗談交じりに話したあと、彼は、こうまとめる。
点と点を結ぶことは、未来にむかってできることではない。それは、過去にむかってだけできること。だから今選ぶ点が、未来につながっていると信じなければならない。今の点を繋いでくれる、未来の何かを信じなければならない。あなたの勇気、運命、人生、カルマ、何もかもだ。
ここがよく分からなかった。でも、単なる結果論と切り捨てることができない重みを、何となく感じた。
結果論とは、うまく行ったという結果が出てから、実際にその成功へと繋がった要因だけを振り返ることだと理解している。そして、同じことをしても成功しない可能性や、別のことをして成功する可能性と比較したりしない。多くの成功談がぼくらにとって参考になりづらいのは、それがつい結果論になってしまうからだ。Jobs のこの話も、まったく結果論じゃないかというと、そうでもない。でも、もう一度言うと、結果論だけではない何かを伝えようとしている。きっと。
Jobs は、calligraphy の講義を受けることを決断した自分を褒めてはいない。彼が褒めようとしているのは、今の自分が選んだ点を、思いもよらぬ別の点と繋いでくれる未来の自分と、それを信じる今の自分。大切なのは、未来の自分を信じられるように今を選ぶこと。そのとき、過去の自分の信頼に応えることも忘れてはいけない。もちろん、過去の自分に縛られたりせずに。
このことが少し分かったと思い始めたのは、このバランス感覚が、文章をリライトするときの「アウトラインを忘れる」作業 (2, 3) と似ていると気づいたとき。先につくったアウトラインに縛られず、でもアウトラインを踏まえながら、今、目の前にあるテキスト本文を最大限に生かそうとする作業に似ていると気づいたとき。
そう。つまりここに書いているのは、別目的で学び始めたアウトライン・プロセッシングという点が、connecting the dots という別の点に、当初は思ってもみなかった形で結びつき、それまで理解できなかったことが見え始めたという話でもある。