on outline processing, writing, and human activities for nature
英語圏の万年筆好きたちは、複数の色が同時に見え、見る角度によってその組み合わせが微妙に変わる万年筆インクの「色」を sheen と呼ぶ 1。たとえば、青の中に赤が見える、あるいは赤や紫の中に金色が見えるという組合せ 2。
二枚貝の殻の内側を見ると、その滑らかな表面を反射する光には、青や赤、そのあいだや外側の色が、虹のように組み合わさって見えることがある。あるいは、しゃぼん玉の表面に、虹のような複数の色の模様が見えることもある。
このプロセスには、貝殻やしゃぼん玉表面の薄い膜の上面と下面で、ちがう波長の光が反射しそれらが目にとどくこと、そして、その反射する波長の組み合わせが見る角度によってちがってくることが関係しているらしい 3。
Sheen という「色」が生まれるメカニズムにも、この貝殻の内側やしゃぼん玉の表面に「色」が見えるのと似たプロセスが関わっているとされている 1。
Iridescence という英語も、この sheen に近い意味で使われることがある。そしてまだ自信ないけれど、日本の万年筆好きたちが「レッドフラッシュ」や「遊色」と呼んでいる状態が、おそらくこの sheen に相当する。
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欧米の万年筆好きたちのサイトでは (そしてこれまた自信ないけれど、日本の万年筆やインクを好きな人たちのあいだでも)、とくにここ数年、この sheen という状態をつくり出すインクの話題が、よく登場する。
Shimmer という、光を反射する粒子を含んだインクが表現する「色」と一緒に取り上げられることも多い。「Sheen と shimmer は何がちがうのか?」あるいは「Sheen と shimmer。あなたはどちらが好き?」といった形で、インク表現の新しい可能性として注目されているように見える 4。
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この sheen がおもしろいのは、それがウリのインクを使っても sheen という「色」にならない場合もあることだと、ぼくは考えている。
Sheen という状態は、インクの浸み込む速度が遅い紙の上でインクがゆっくり乾くと生まれやすいとされている1。だから、あなたがオンライン・リテイルの sheen コーナーにあるインクを買ったとしても、これ以外の条件、たとえばインクをあっという間に吸収する紙に書いたり、インクが一気に乾くような条件で書いたりすると、sheen という「色」にならない場合もある。Sheen は、いわゆる通常の色とくらべて再現しづらい、より不安定な「色」だと、ぼくは理解している。少なくとも現時点では。
そして、ぼくが興味をもっているのは、インク好きの人たちがこの不安定さを望んでいるように見えることだ。通常の製品に対してぼくたちは安定性を求める。いつでもどこでも、その製品を使えば同じ機能を発揮する道具こそいい道具である。しかし、sheen という「色」を求める人たちがインクに求める要素には、安定性とは相容れない要素が含まれているのではないか。
もちろん、目新しさや希少性だけに惹かれている人も少なくないかも知れないし、sheen という状態をつくり出すインク技術が進み、ある程度は安定して sheen を楽しめるようにもなるかも知れない。でもその場合でも sheen をつくりだすインクには、不安定さや移ろいやすさといった要素が残る、あるいは残さないといけないと、ぼくは予想している。
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ウリにする機能が不安定にしか得られないことを、敢えてウリにする製品。不確実性を補ないながら、そのプロセスをも楽しみに昇華するのはユーザー自身。不安定にしか得られない機能だからこそ価値がある。
そこに、人と道具の関係としての新しい可能性を感じるのは、ぼくだけだろうか。