The Sweet Setup は、できたときからお気に入りの英語サイトで、Mac や iPad、iPhone、その App や周辺器機のレビューが中心のサイト。
冗長ではなく論理明快、オリジナリティー高い視点の記事が多いサイト、という印象をもっている。おきまりの前口上や言い訳 (例:これは個人の感想です) がない。プロフェッショナルとしての誇りをもって App を評価し、読者にアドバイスしている姿勢が伝わってくる。読者の生活をより実り多いものにしたい、という心意気が伝わってくる。随時いろんなスポンサーをつけながら運営しているけど、そういったスポンサーとの馴れ合いを極力排除しているように見えるのも、安心して読める理由のひとつ。
さてこのサイトに、最近 Ulysses という App のレビューが掲載された。Ulysses は、このサイトが推薦する、今一番の pro writing app なのだそうだ。Pro writing app。プロフェッショナルな書き手のためのアプリケーションと訳せばいいだろうか。Tak.さんが Word Piece で「文章エディタ」と呼んだものと同じ、とぼくは理解している。
この記事の最初に登場するプロフェッショナルな書き手のカテゴリーリストが、印象深かった。ここで挙げられているのは、映画などの脚本家やジャーナリスト、そして作家など、いわゆる職業の名前のように見える。
でもそのうしろに、つぎのような文章が続いている。
あなたが、ここに挙げたカテゴリーのいくつかに当てはまるなら、そして、たまにではなく頻繁に書いているのなら、pro writing app は、あなたのためにあるのだ。
さらに、そのリストにはブロガーと研究者というカテゴリーが入っている。
そこから気づいたのは、著者 Mike Schmitz が、狭い意味の職種、つまり何で生計を立てているかではなく、志、たとえばどのようなプロフェッショナルを目指して日々生活しているのかを重視している、という点である。ブロガーという呼び名が、組織や資格などに縛られない自由な名前であることは、ここで説明する必要もないだろう。
そして研究者も同じだと、ぼくはずっと考えてきた。研究という営みは、研究機関や大学、あるいは企業や NGO などで研究員や教員として雇われている人だけのものではない。誰もが自由に参加できるオープンな活動であることは、実際に学会などに参加したことのある人なら、誰でもが実感していることだと思う。要は、自分がこの分野の活動に関わっていくのだと、自分で決めているかどうかであり、日々、プロフェッショナルとしての責任と誇りをもって研究に取り組んでいるかどうかなのだ。
もちろん、同じことが他のカテゴリーにも当てはまる。脚本を書く人、ジャーナリズムに参加する人、そして本を書く人。どれも自分がそこでプロフェショナルとして活動しようという覚悟をもっているかどうかに意味がある。
結城浩さんは、メールマガジンの記事「資格について」で、こう語っている。
自分に資格はあるだろうかと考えることは、本を書く上でも文章を書く上でもあまり役には立たない。
「資格」という表現には危険なにおいを感じるときもある。自分の勉強不足や能力不足をたなに上げる危険性である。
狭い意味の職種という言葉には、この資格と似た感覚がある。これは自分自身へのメッセージとしても書いているが、職種や資格という表現は、どうやれば社員や職員として雇ってもらえるか、あるいは、どうやれば生計を立てられるかだけに意識が縛られてしまう危険性をはらんでいる。
大切なことは、そのプロフェッショナルとして胸を張れるよう、「自分の仕事」をする心意気なのだ。