on outline processing, writing, and human activities for nature
梅棹忠夫さんが1969年に出版した『知的生産の技術』のメッセージを別の言葉にすると、「パーソナル・ダイナミック・メディアづくりのすすめ」になると、ぼくは考えています。パーソナル・ダイナミック・メディア personal dynamic media は、米国の Alan Kay が1970年代に提唱した言葉です。
この本が出版されて60年が経とうとしている今、ぼくたちは、この提案をどう生かし育てればよいのでしょうか。今回は、この古くて新しい問題を少しだけ考えてみます。
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注目するのは、前半の1章から5章です。情報カードを使ったファイリング・システムが、これらの章をとおして紹介されています。日々の生活でひらめいたアイディアや、著者の仕事である野外調査で集めたデータ、室内で収集した文献 (本や論文、文書記録) の情報を、すべて情報カードという規格化された媒体に記録し、操作して新しいアイディアを育てることを目指したシステムです。
最初の第1章「発見の手帳」には、レオナルド・ダヴィンチを題材とした小説が登場します。メレジュコーフスキイの作品です。この小説では、ダヴィンチがいつも手帳を持ち歩き、何でも書き込む姿が描かれています。『知的..』の著者である梅棹さんは、このダヴィンチの姿に惹かれ、手帳をつけ始めたそうです。
やがて著者は、話題ごとにページを変え片面にしか書かかないという書き方の有効性に気づき、それが情報カードという規格化された媒体を使うというアイディアに育ちます。豊かな歴史をもつ欧米のカードシステムとは独立に、日本でもカードシステムが誕生した瞬感です。
著者は、知的活動の基礎になる姿勢を、これら前半の章をとおして魅力的に語っています。頭の中でひらめいたアイディアや外から得られるデータを、日々蓄えながら処理していこうという姿勢です。そしてこの姿勢こそ、パーソナル・ダイナミック・メディアをつくろうという Kay たちの考えに近いものと、ぼくは考えています。
情報カードは、この個人個人のシステムに情報を蓄えたり、処理したりするための媒体です。
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ご存知のとおり、『知的生産の技術』ではこの情報処理のやり方について、あまり具体的に触れられていません。その理由は、おそらく著者が、この手順を固有性の高いもの、処理したい情報によってちがってくるものと捉え、読者それぞれが自分で見つけるべきものと考えていたからだと、ぼくは理解しています。
しかしここでは、この情報処理のやり方を、敢えて考えてみることにします。著者が「カードを繰り返しくる」と表現したやり方を、具体的に説明してみます。
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ぼくは、このシステムで情報処理の鍵になる作業は、情報の要約ではないかと予想しています。カードを処理単位としてグルーピングし、並び変える作業です。
ただし、単にカードを並び替えるだけではありません。たとえば、カードとカードを橋渡しする情報を別のカードに書き加えたり、ひとつの項目が2枚以上のカードにわたって書かれている場合、それらを1枚のカードにまとめたりする作業を含みます。
その結果、カードに乗った情報に、階層構造 hierarchical structure が生まれます。階層構造とは、カード a, b, c, d, e, f, g がたとえば、グループ A (a, b) とB (c, d, e, f, g) の2つに分かれ、グループ B はさらにグループ B1 (c, d) と B2 (e, f, g) に分かれているといった構造です。ツリー構造 tree structure と呼ぶこともできます。
この作業をとおして、カード情報は単に a, b, c, d, e, f, g という7つの要素の羅列ではなくなり、たとえば g から見ると f は a よりかなり近く、d よりも少し近いといった関係をもつようになります。
そして、ここが少しややこしい点なのですが、階層という新しい情報が加わることによって、7枚のカードに乗った情報をさらに削ることができます。カード7枚に乗ったすべての情報を列記するよりも少ない媒体量 (カードや文字の数) で、同じ情報量を表現できます。
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情報を要約するための別の操作として、似た情報を乗せたカードを削除するという作業もあります。たとえば、7枚のカードの中で、たとえば e と f は、見た目の文字がちがうものの情報の内容がほぼ同じである場合、カード f を捨てる、という作業です。冗長性を小さくする操作です。
冗長性を削る作業は、複数階層にわたる場合もあります。グループの内容を説明するカードの文章が、その下層にある情報のほぼすべてを説明しているなら、それら下層のカードは不要とみなし、削除します。
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これらの作業を繰り返すことで、システムに蓄えた情報量はあまり減らさず、カードの枚数や文字数を少なくし、媒体あたりの情報密度を高められます。その結果、処理対象としたカード群全体の情報を俯瞰しやすくなり、別のカード群の情報を合わせた、新しい処理もやりやすくなります。
また、似た理由によって、他の人にも内容を伝えやすくなるという利点も生まれます。
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いかがでしょうか。
情報の要約が、『知的生産の技術』の提案するシステムの鍵になる操作のひとつと、ぼくは考えている訳です。この機能を重視したシステムをつくることこそ、梅棹忠夫さんが提案したシステムをうまく機能させるために、重要なステップとなるのではないでしょうか。
そして、この記事を読んでいる皆さんはもう気づいていると思いますが、情報の要約という操作を得意とするアプリケーションの筆頭として、アウトライナーがあげられます。
アウトライナーは、『知的生産の技術』の提案するシステムに蓄えた情報を、要約するという処理機能にフォーカスしたアプリケーションと捉えることができるのです。
では皆さん、よいお年を。