gofujita notes

on outline processing, writing, and human activities for nature


Fireworks

 なぜか、冬の寒い夕方に思い出す風景がある。

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 大学2年の夏のはじめ、ニホンザルの野外調査に夢中だった頃の房総の森。サルたちの群れが、その夜の泊まり場として選んだ、ちょっと落ち着いた森で迎える夕暮れ。

 尾根の上をとおる細い道でフィールドノートをとっていると、4歳くらいの若いオスがゆっくりとコナラの木にのぼり、ぼくの目の高さにある太い枝にすわりながら背中を少し幹にまかせる。風が吹くと、お腹の白い毛が夕日をあびて金色に光る。

 若いオスは、地平線の夕焼けを楽しむかのように、遠くを眺めているように見える。

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 暗くなると、サルたちはたがいに小さな声で鳴き交わす。まわりに仲間がいるのをたしかめるように。そのやさしい声が、あたり一面から聞こえてくる瞬感、人間である自分も群れのメンバーになったような気持ちになれる。

 だから、その場所を離れるのが惜しくて、ノートもとれないけれど、しばらくすわったままでいることが多かった。

 暗闇に慣れた目には、夜空が明るく見えて、枝に座った若いオスのシルエットが見える。彼はこの風景をみて、何を思うのだろう。

 そう考えているうちに、遥か遠くに丸い光が広がる。花火。音は聞こえないし小さく見えるから、たぶん海の向こうにある横浜の花火。

 花火を背景に、若いサルのシルエットは座ったまま。

 ひとしきりつづいた花火が終わったあと、そのサルはゆっくりと木を降りる。地面のあたりからは暗くて姿も見えないけど、落ち葉を踏みながら、沢の方へと斜面をくだる足音が聞こえる。

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 空腹であることを思い出し、フィールドノートと双眼鏡をザックに入れてヘッドランプをつける。ふと人間の気持ちにもどり、人家の灯りが恋しくなる。そして、フィールドステーションのある集落へと森の道を早足に歩く。

 夜の森では、ヘッドランプやトーチの灯りをつけた瞬間に風景が変わる。ライトに照らされていない暗闇と、自分とのあいだに薄いバリアーができ、ほんの少し暗闇が怖くなる。その残念な気持ちを味わいながら、あの若いサルといっしょに見た横浜の花火を、できればずっと覚えておこうと思った。

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 そのことを、なぜかぼくは、冬の夕方によく思い出す。