on outline processing, writing, and human activities for nature
(注意! この記事に出てくる「ペン」は、ぜーんぶ万年筆のことです)。
好きなペン・サイトのひとつに Pen Economics がある。経済学にたずさわる人のブログのようで、ペンと経済学をむすびつけるような、他のペン・サイトとはちょっとちがう視点の記事が多くて、気に入っている。
その中に、Lamy や Pilot、Montblanc のようなペンメーカーを大きく4つにカテゴリー分けした記事があった。
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2015年2月に最初の記事を公開、その半年後にリストを更新したあと、2017年8月にもリスト更新している (ペンの世界も移り変わりが激しいのだ)。このカテゴリーを分ける基準が、おもしろい。
Disruptive (破壊的)、Innovative (創造的)、Competitive (競争に強い)、Uncompetitive (競争に弱い) の4つ。
このうち、Competitive には、Pilot など日本のビッグ3と呼ばれるメーカーや Pelikan、Lamy など大手で世界中でペンをたくさん売っているメーカーが入っている。Umcompetitive は、かつて、ペンの世界をひっぱっていたメーカだったけれど、今はそうでもないとこのブログを書いている人が考えているカテゴリー。
で、おもしろいのは、それ以外の2つのカテゴリー。
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まず Disruptive (破壊的)。
ぼくの理解では、破壊的メーカーとは、新しい技術を使って、これまではまず不可能と思われてきた低価格で、それなりの高い機能をもつペンをつくり出すメーカー。価格という視点からの破壊的という意味が強いと思う。
2015年に書かれた最初の記事には TWSBI と Noodler の2つが入っている。
TWSBI (トゥずびぃと発音する人が多い。カタカナを強く) は、日本でも比較的メジャーな台湾のペンメーカーで、1万円以下でありながら、インクを補給するメカニズムを本体に備えた、外見もかっこいいペンをつくっている。
ぼくもそうなのだが、ペン好きの人はインク好きな人も多い。TWSBI のつくるペンは、バリエーション豊富なボトルインクを使うことができるし、透明な軸だから、ペンに補給されたインクを楽しむこともできる。蓄えられるインク量が多いのも魅力的。
こういったインク補給のメカニズムがついたペンは、1万円以上するか、できの悪いもの (ごめんなさい) がほとんどだったそうだ。
TWSBI は、新しい技術を使い、1万円弱の予算であっても、ペンとインク、そしてインク補給のプロセスまで愉しめることを可能にし、ペンの世界に揺さぶりをかけたのだ。
たとえば Eco というシリーズは30ドル弱でピストン式と呼ばれるペン本体の上のノブを回してインク補給するメカニズムを備えている。
Mini という60ドルのシリーズにはピストン式以外にバキューム式というプランジャー (注射器の引いたり押したりする部分) を、一度引いてから軸方向へ押し込み、高圧にしたインクタンク内の圧力を一気に下げてインクを吸入する方式を使っている (プランジャー式と呼ばれることもある)。
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別の「破壊的」メーカーである Noodler は、インク中心のメーカーで、正式名称は Noodler’s Ink, LLC。たとえば「bad blue heron (ガラの悪いアオサギ)」や、「Apache sunset (アパッチ族の夕暮れ)」 といった印象的な名前に似合う魅力的な色のインクをつくっている。色落ちしないインクをつくることでも定評がある。
その Noodler は、flex nib のペンを低価格でつくっている。Flex nib は柔らかいペン先と訳せばいいだろうか。強弱がつけやすく、線の太さを自由に変えることができ、カリグラフィーやペン画を描くのに使われることが多い。
この flex nib が必要とする柔軟性は gold nib と呼ばれる金を含む合金でないと実現できないとされ、金の価格が高騰した現在では、非常に高価なものでも、数十年前に生産されたヴィンテージペンの flex nib にはかなわないと聞いたことがある。
Noodler は、steel nib といういわゆる鋼鉄製のペン先でもけっこう楽しめる flex nib をつくりだした。たとえば、Noodler’s Ahab シリーズの価格は23ドル。Flex nib ペンの価格破壊をもたらしたのだ。
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もうひとつの気になるカテゴリーは、Innovative (創造的)。
価格という点では Disruptive とは対照的に、決して安いとは言えないペンをつくるメーカー。しかし、ペン先の性能やインク補給のメカニズム、ペン本体の素材などの一部、あるいはすべてに革新的なペンをつくりだしている。
このカテゴリーには、たとえば、ぼくが大好きな Edison Pen というアメリカのオハイオ州にある小さなペンメーカーが入っている。彼らがつくるペンについて書きはじめると長くなるので、また機会を改めて書きたいと思っている。
2015年初めの記事では、この Edison Pen 以外に、Visconti と Nakaya というメーカーも、このカテゴリーに分類されている。Visconti は、たとえば、溶岩を素材にした丈夫な軸に gold nib よりも柔らかい palladium 合金の nib を斬新なデザインにまとめた高級ペンをつくるメーカー。イタリアのフローレンスをベースとする。
Nakaya は、日本の大手メーカー Plutinum で長年働いた職人が立ち上げた、美しいハンドメイド・ペンをつくるメーカー。ペン先の品質の評判も高いそうだ。
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さらに興味深いのは、このカテゴリーの更新。厳しい目でメーカーの分類がやり直されている。
2015年2月に Disruptive に分類されていた Noodler が同年8月に外され、TWSBI も2017年には Innovative にカテゴリーを変えられている。現時点で、この Disruptive に該当するメーカーはなし。数年前にペンの世界を揺さぶった TWSBI らも、そこで安住しているようではもはや disruptive ではない、ということだろうか。
Visconti や Nakaya も Innovative から Competitive にカテゴリーが変わっている。
逆に、評価を上げた?メーカーもある。2015年の2月には Uncompetitive (競争能力のない) メーカーに分類されていた Aurora という、日本で人気の高いイタリアのメーカーは、2015年8月に Competitive へ、そして、2017年8月には Innovative にカテゴリーを変えた。
Aurora が、美しい素材をつかった印象的な限定版ペンをつぎつぎと発表したこと、Noodler とはちがう路線の高級 flex nib を備えたペンというやや衰退気味だった市場を復活させたことなどが、その理由だろうか。
Pelikan のカテゴリーも Competitive から Innovative に変わっている。こちらも、限定版を中心に新しいデザインに挑戦し、世界中にいる Pelikan ファンに限らず、広い層の人たちに歓迎されているそうだ。
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さてここで、思考実験。このカテゴリーを、ペンメーカー以外に当てはめることはできるか。たとえば、本をつくる人やグループに当てはめることができるか。
ここで言う「本をつくる」とは、いわゆる出版社だけでなく、プロ/アマを問わず本の中身である文章や絵をかいたり、レイアウトしたりする人たち、すべてを指している。
ぼくは、ペンメーカーの分類ではどちらかというと Innovative (創造的) なペンメーカーの条件は何か、という点に興味がある。ペンづくりにとっての創造性は何か、という問いである。
一方、本づくりにとっての Innovative が何かという問いは、ぼくたちにとってすでに身近な問いであり、多くの人の中にも、それなり答えの案があるのではないだろうか。
では、Disruptive (破壊的) はどうだろう。Disruptive な本づくりをする人たちとは、どのような人たちなのだろう。そもそも、Disruptive な本づくりとは何なのか。
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電子書籍を考え出し、商品化したグループは、本づくりの Disruptor として、分かりやすい例だろう。高価な印刷機も大量の紙も、製本に必要な機械も、さらには、販売者との繋がり、人件費や運送費も不要な電子書籍は、比較的長くつづいた紙の本の市場全体を破壊しようとしている、と考える人は多い。
しかしここでは、本という製品のハードウェア部分ではなく、たとえば小説、あるいは解説文といった文章の部分 (ソフトウェアと呼ぶことにする) を disrupt することについて、考えてみよう。
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最初に、言葉の整理。
まず「価格」とは何を意味しているか。これを、ある製品をつくるのに必要な材料と労力にかかる「コスト」とする。
つぎに「価格破壊」とは、その製品の「パフォーマンス」 (ペンであれば、愉しく楽に文字を書く、そのために必要なインクを愉しく補給するなど) を実現するために必要なコストを桁違いに小さくすること、ととらえよう。
この考え方で、本づくりの「コスト」と「パフォーマンス」そして「価格破壊」を見直すとどうなるか。
まず、コスト。本というハードウェアをつくる場合にくらべ、文章というソフトウェアをつくるために材料費などはあまりかからないが、時間は同じくらいか何倍も必要になることが多い。また、本を買った人にとっては、その本を読むための時間が必要になる。この文章を書くため、文章を読むためにかかる時間は、字数あるいはページ数におおよそ比例するだろうから、文章の文字数をコストとしてみよう。
つぎに、パフォーマンス。本づくりの場合、文章に含まれる情報の密度や質を、パフォーマンスとするのはどうだろう。ある1冊の本の中に、便利な情報がたくさん入っていたり、やる気いっぱいになるメッセージが含まれていたりする量が、その本のパフォーマンスと考えるのだ。
最後に価格破壊。上の考えに沿うと、ページあたりの情報量が桁違いに上がることになる。つまり、本づくりの Disruptor (破壊者) とは、文字数やページ数あたりの情報密度が何倍にもなるような、技術革新をした人たちのことと、考えることができる。
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ここまで考えると、たとえば解説文や小説というジャンルに、文字量あたりの情報量の相場があるかどうかが、気になってくる。そして、特定ジャンルの本で使われる書く技術が進歩することで、ページあたりの情報密度が大きく変わる、ということはないのだろうか。
仕事がら、大学生や大学院生たちが書く、卒業論文や修士論文の原稿をみることが多い。その中には、すでにいくつか論文を書いてきた人から、生まれて初めて長文を書くという人もいる。その経験からすると、書く技術に不慣れな人たちにくらべ、多少でも書き慣れた人たちの書く原稿は、文字あたりの情報密度が相対的に高い。
同じように、論文を書きつづけてきた人の中にも、文字あたりの情報量の少ない人と多い人がいる。多くの情報を詰め込もうとしすぎて、意味不明の文章、つまり、多くの読者にとって情報量の少ない文章になる人もいる。
高密度の情報を多くの人に分かりやすい文章にするためには、書く技術そのものの技術革新が必要なのではないだろうか。
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では、そういった、文章を書く技術の Disruptor (破壊者) はいたのだろうか。それまでの解説文や小説にくらべて、桁違いに情報密度が高くても、その作品を多くの人が受け入れ、愉しんだり、役立てたりした作品を生み出した人はいるのだろうか。
その本が世に出た前後で、あるジャンルの本の情報密度が一気に跳ね上がった作品があるのか、ないのか。文章を書く技術とは、ハードウェアの技術革新のように見えやすいものではないので、ぼくたちが見過ごしてはいないか。
ぼくは本が好きだし、広い意味の本づくりにとても興味があるけれど、読書家ではないので、あまり本にくわしくない。でも、そういった目で、たくさんの本の歴史をながめるとおもしろいかなと、思いはじめたところ。
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好きなペンの記事を読みながら、たとえば文学という世界の書く技術の歴史を見てみたいなと考えるようになったという、お話しでした。
え? そんなこと書いてるあいだに、オマエの書き方の技術革新した方がいい??
おあとがよろしいようで.. 。
(おしまい)