gofujita notes

on outline processing, writing, and human activities for nature


考える木の日々 その2

ステキチをめぐる円卓会議

 

 「ハヤタ町のコーホーは、どれくらい読んだ?」マグカップをテーブルの端にどけながら、オガノさんが少しかすれたような、低い声で訊いた。

 オガノさんは、実のところ、誰にでもため口。ヘンテコなていねい語が入ることも多いけどね。このあいだ「あなた、その決議がどういうことか、わかってるのかな」って町長に話してるオガノさんを役場の廊下で見たときは、ワクワクしたよ。もちろん、ハヤタ町の町長になるような人が、オガノさんのため口なんかにびっくりしたり、怒ったりしないけどね。

 「全部読んでますよ」ってぼくは答えた。これはオベンチャラじゃない。この仕事していて、しかもヨコハマや神奈川で活動していて、コーホー・ハヤタを読まないなんてのは、エスプレッソのないカフェみたいなものだからね。でも、こういった返事が返ってくるのはオガノさんもオミトーシだろうから、こうつけ加えた。

 「好きなのは『70歳のおっさんに捧げるレシピ』」。ちょっと一呼吸おいて「そして、そのレシピの食材を育てる有機農家への補助金制度と、農家と野菜やくだもので料理したい人をむすぶ情報交換ネットワークづくりを解説した資料編」オガノさんは、ゆっくりぼくの目をみている。脳みその裏っかわまでみるみたいにね。だから、気にしないでぼくは、少しシッタカぶりをつづける。

 「コーホーに付録資料つけたのも、あそこまで資料公開したのも、ハヤタ町が最初でした」これくらいの返事で、オガノさんは、うなづいたりしない。ぼくの目を見ながら、にんまりしている。ぼくは、ほんとに一番好きな作品については最初に話さなかった。ワザとね。こう見えて、ぼくはけっこうハラグロなんだ。だって、NPO のリジチョーだから。

 『70おっさんのレシピ』シリーズは、体にいい食材をつかった料理を10分かけずにかんたんにつくれるレシピと、その食材を楽チンに手に入れられるための地元の農業生産まで考えた、流通システムを提案している。今では、提案者のトケシさんの名前をとってトケシ式とかトケシキとか呼ばれてるって言えば、聞いたことある人いるんじゃないかな。

 このトケシさんが、ハヤタ町長のトケシさんだってことは知ってるかな。トケシさんは、この提案をした頃、企画課で仕事してた。ハヤタ町にすんでる料理活動家のオリベさんと有機農家のミカドさん、3人で一緒につくったシリーズなんだ。物知りの君なら知ってるかなと思うけど、ぼくはシッタカぶりが好きだから書いとくね。

 70歳を超えた人たちが、気楽においしい料理を満喫できる具体的な提案で、ハヤタ町だけじゃなく日本中の人が読んだはずだし、トケシキ・システムを取り入れた市や町が多いことは、ご存知のとおり。コーホーのいいところは、少しのお金を払えば、この地球上の誰もが読めるところ。そして、この記事のほんとの価値は、その資料編にある。NPO で活動していて『70おっさんのレシピ』の資料編を読まないなんて、これまたエスプレッソがないカフェみたいなもんだからね、まったく。

 *

 この作品があったから、コーホーは今のコーホーとしての役割を確立した。その文章をちゃんと読んでますよって伝えることができたから、その次には、ほんとに一番好きな作品のことも話すことにした。

 「でも『ステキチをめぐる円卓会議』こそ、コーホーに載った作品の中でも忘れられない、大切な作品だと思ってます」これは、森で見つけた弱ったノウサギの子どもをひろって、ステキチって名前をつけて元気にした小学2年生たちのお話し。面倒みていた4人が、ステキチをずっとずっと飼ってたいと思ってた4人が、ステキチを森に戻すまでの短い物がたり。ハヤタ小学校の先生が、実話をもとに書いたそうだ。

 「ステキチを飼いつづけるのか森に戻してあげるのか。先生たちと家族が話し合って、子どもたちに決めさせることを決める場面がなかなかでした。で、子どもたちの話し合いの場面は、ジンときちゃいました」ぼくはおなかが黒いけど、感動もしやすいリジチョーなんだ。

 この『ステキチ円卓会議』は『70おっさんのレシピ』ほど有名じゃないけど、スウェーデンで反響が大きかったらしい。繰り返すけど、コーホーのいいところは、少しのお金を払えば、この地球上の誰もが読めるところ。

 そういえば、スウェーデンでは、この文章が絵本になったのを知ってるかな。イングランド人のソフィ・バギンズが描いたステキチ、いい顔してたよね。ステキチを置いて、森の中をさっさと楽しそうに帰る子どもたちのうしろ姿もよかったよ。

 ぼくがステキチの名前を口にしたとき、オガノさんは「してやったり」って顔した。それから、「クレッグさんは知らないだろうけど、M もステキチのファンなんだよ」にんまり顔をさらににんまりさせた。

 

映写キーボード

 

 にんまりしたまま、オガノさんは右手首から腕時計をはずし、イングリッシュ・オールド・ホワイト色したテーブルに置き、人さし指で時計のガラスを3回触ってテーブルの上、ちょうどオガノさんの前にキーボードを映写した。マグカップが、ぎりぎり腕時計からの映写のじゃまになってたからそれを少し、右へずらす。

 それから、腕時計の留め金の部分を外して、キーボードと自分のあいだにおいた。指の影を少なくするための補助映写用の留め金。この留め金からもキーボードが映写されると、それをちょっとずらして、さっきの腕時計本体からの映写キーボードと重ねる。

 となりの人が、そんなオガノさんの方をちらっとみた。補助映写用の留め金ひとつしか使わないなんて、たぶん世界中で、オガノさんだけだろう。その人も仕事中らしかったけど、やっぱり映写キーボード使ってた。補助映写留め金は3つ。おなかの前ひとつとキーボード両側に2つで、知ってのとおりのメーカーオススメの置き方。まわりを見渡すと、作業してる人は7人で、映写キーボード使ってる人は5人。その5人はみんな補助映写留め金を3つ置いてるように見えた。

 キーボードと言えば、結局のところ、キーボードでデータ入力する人が以前にも増して多くなった気がするんだけど、どうだろう。音声入力は、カフェなんかでの作業に向かないし、文章を練る作業は、やはりキーボードでやるのが一番だし。AI と話しながら文章を練るのが好きっていう人も少なくないけど、やっぱり「ひとり」で文章をつくるのが楽しいって人が多いんだと思う。

 キーボードを使ってない残りの2人のうち、ひとりはタブレットにスタイラスで文字を書きなぐってて、残りのひとりは、キーボード使わないジェスチャ入力やってた。あれは、ちょっと目立つよね。

 サイン・ランゲージから生まれたジェスチャ入力は、単語単位で入力するから急いで書くときに便利だけど、文章を書くときの細かいニュアンスが少し入力しづらい。「ジェスチャ入力は日本語を壊す」って言うおっさんたちもいるけど、ぼくはそれに同意できないし、ノートするとき使うことも多い。いいオプションが増えたった感じかな。

 *

 オガノさんの話しに戻ろう。有名な話しなんだけど、オガノさんは、かな入力。ローマ字入力じゃないんだ。映写キーボードには、ひらがながしっかり入ってた。もちろん、ぼくが、かな入力する生きてる人を見たのはこのときが初めて。

 リターンキーを2回叩くと腕時計とぼくのあいだ、テーブルの中央あたりの表面に画面が写し出される。オガノさん側が画面の下になっている。これまた君も知ってのとおり、ポートランド・コーヒーのハニカム型テーブルの柔らかい表面は、まさにこのキーボードと画面用にデザインされたものだから、画面はとても見やすい。

 オガノさんが、画面一番上にある検索窓に「くじらのこころ 06**2036」と入力しているうちに、M の出している雑誌「くじらの心」の6月号の目次が出てくる。最後の数字とアスタリスクは日付かな。

 キーボード右横にあるトラックパッド部分を人さし指と中指で操作して、目次の下の方にある『ステキチとライタくんたちが教えてくれた3つの勇気』っていう、彼女本人の記事のタイトルをクリックしてその本文があらわれると、人さし指と親指でトラックパッドを時計方向にねじるようにして、画面下側をぼくの方に向けてくれた。

 ライタは、理科のフィールドワークの時間に、道の横にうずくまったノウサギのステキチをフタゴヤマで見つけた小学2年生。動物の飼い方にくわしい5年生のミソラさんにアドバイス受けながら同じ2年生のジェニーやリョータといっしょにステキチを元気にした。この4人が主人公。

 M の文章を読んだことなかったけど、見出しとをアウトラインをざっとみて、文章力、とくに構成力のある人なのがすぐにわかった。一目で、彼女の言いたいことが俯瞰できた。やわらかい文章だけど、論旨も明快なように見えた。

 「これは、M 本人が書いた文章です。誰も手を入れていない彼女の文章」すかさずオガノさんが、補足する。そして「なかなかやるでしょ」とぼくの目をみる。

 「はい」バックグラウンドになってるグリーンをベースにした写真は、本当のフタゴヤマの森を見渡した風景。春の初め、コナラやムクノキが芽吹く頃、この森にはほんとうにたくさんのみどり色に染まる。この森がいちばん光りかがやくときだと思う。その写真を選んだのも M だろうか。とすると彼女は、この森のことをよく知っている可能性も高い。ちょっと胸がドキドキした。

 ぼくは、自分のモールスキンノートに「ステキチ、ライタ、3 courage、June、くじらの心」って書きとめた。あとでこの記事を読むためにね。誓っていうけど、ステキチとライタはカタカナで書いたよ。ちゃんとね。心って字がむつかしかったけど、これもタッピツに漢字で書いた。むかし、ハナちゃんから書き順ならったから、心はタッピツに書けるんだ。当時、小学生だったハナちゃんが、日本の文字は書き順が大切だって教えてくれたんだ。

 「コーホー10月号に、私たち編集スタッフが、M のイベントの紹介記事を書きます。その同じ号に、クレッグ連載の最初の記事を載せたい。で、11月号と12月号に、クレッグ記事への M からの返信と、その返信へのクレッグの返信をひとつずつ載せる。という流れを考えてる」オガノさんは、そう言い終わると、マグカップに残ってた珈琲を一気に飲んで、もとの場所に置こうとしたんだけど、てきとうに置いちゃったもんだから、映写キーボードのデリートキーやらバックスラッシュキーやらが、マグカップの影になっちゃった。補助映写だけになって、キーが少しブルーになってるけど、まぁ、オガノさんはそんなこと、気にしやしない。そして、にんまりしながら、話しをつづける。

 「そう。記事はクレッグくんからの一方的なものじゃなくて、相手とのやりとりをとおして書いてくんだ。あと、もちろんだけど、事前に落としどころを決めとくつもりはないし、無理に話しをまとめて欲しくもない。フェアにやりとりしてくれれば、それでいい」

 そうこなくちゃと、思わずにやっとしたぼくの目を見ながら、オガノさんが椅子に深く座りなおす。

 *

 カフェの中は静かで、カウンター向こうでカップやお皿を洗う音をバックに音楽が聴こえてくる。ポートランド・コーヒーだから、流れてる曲は 50’s や 60’s が多い。

 ぼくがにやっとしたときは、ちょうどサム・クックが歌ってた。ワンダフル・ワールド。

 

問い

 

 「じゃあ、話しを先にすすめる」オガノさんは、そう言いながらキーボード右にあるトラックパッドの部分を4本指で左へスワイプしようとする。でも、映写トラックパッドの一部もマグカップの影に入ってたから、画面がうまく動かなかった。でもオガノさん、そんなことは慣れっこで、左手でマグカップどかせながら、もう一回スワイプすると、エディタの画面が現れた。真っ白、いや、イングリッシュ・オールド・ホワイトの文字も何もない画面。

 「ではここで、この連載の記事であつかう『問い』を絞り込みたい。そう、まずはクレッグさんとぼくの2人が、今ここでね」

 「問い」。ぼくがオウムガエシすると、にんまり度合いを高めながらオガノさんはつづける。

 「クレッグくんの考える木が思う、このイベントの問題点を、いちばん大切なものひとつにしぼって欲しい」

 「ひとつですね」

 「そう。2回のやりとりで、おたがいに共通する問いを見つけたり、問いのズレを調整したりすると、肝心の答えについて議論できないからね」

 「たしかに、ぼくの記事が3つで M の記事が2つだと、テーマを絞っておかないと、いいやりとりができない」

 「2回である程度、解決案やつぎの論点が見えるくらいのスケールに問いをしぼっておきたい。もちろん、クレッグさんが取り上げたい肝心な部分を外しちゃだめだ。そして、もっと大切なことは、あなたと M の対話をとおして、それを読んだみんなが、そう、みんながだよ。自分なりに自分の答えを見つけたくなることを意識してほしい。だから、馴れ合いもだめだし、最初から答えが見えてるような文章もだめだ」

 *

 外をみると、相変わらずイタリアおっさんたちが、唾飛ばしながらギロンしている。

 これは、なかなか歯応えのある仕事になりそうだと、もう一回胸がドキドキした。そしてそのとき、静かな店の中では、サム・クックが低いかすれた声でこう言った。

 「どんな、すばらしい世界になるんだろう」

 

 (つづく。この作品はフィクションです)