on outline processing, writing, and human activities for nature
科学などの研究分野では、大切そうなアイディアに新しい名前をつけることがあります。そういった言葉は、すぐに忘れ去られることが多いのですが、分野を超えて広がっていく場合もあります。
そんな言葉に注目して、それを使った論文や本などの文献を追跡する時間は、楽しいひとときです。大きな研究の流れを俯瞰できるときがありますし、自分なりの新しいアイディアが生まれることもあります。
出版された大量の文献から、特定の言葉をキーワードにして読む文献を選びながら繋げていく作業は、世界中の人たちが生み出す情報断片を自分なりに編み上げる大切なステップのひとつだと、ぼくは考えています。科学に携わる人に限らず、たくさんの人たちに役立つ方法だと思っています。
ここでは、ぼくが慣れ親しんできた生物学という分野で最近使われ始めた言葉を選び、その言葉について学ぶプロセスを、紹介してみようと思います。
1. Anthropocene
その題材として「Anthropocene」という言葉を選びました。字面からすると「Anthropo-」が人、「-cene」が地質年代のことでしょうから、「人新世」といった訳が思い浮かびます。地質年代のひとつにしていいほど、人が地球全体に大きな影響を与えていることを強調する言葉なんだろうなと予想できます。環境問題に興味のある人なら、耳にしたことがあるかもしれません。
Anthropocene を調べてみようと思いついたのは、3月半ば、学会の大会に参加しているときでした。その学会で久しぶりに会った友人が、小さな草花を10年間数えてきた (調べた花は小さいですが、彼の調査努力量はすごく大きい..) 結果をポスターで発表していました。
彼が調べている植物は、自然豊かな森ではなく、人里にある畑のそばで早春に黄色い花を咲かせるそうです。そして、農家の人口が減り畑も少なくなった今、いろいろな場所で絶滅寸前に追い込まれているのだけれど、イノシシが放棄された畑を掘り返している場所では、たくさん残っている、というお話しでした。イノシシが人の代わりに、その植物のくらす場所をつくっている可能性があるなんて、おもしろいですよね。
そのとき、その発表を聞いていた別の知人 (キノコなどの菌類が得意) が、「この草本 (そうほん。草のことです) は Anthropocene に増えた生物なのかな?」と質問しました。これが、ぼくがこの言葉に強く興味をもつようになったきっかけです。彼らと議論しながら、2年前に会ったイギリスの研究者が、会話の中で何度もこの言葉を使っていたことも思い出しました。彼は、地球温暖化が生物にあたえる影響を研究しています。
2. 読み方を調べる
この言葉に馴れ親しむため、まずは読み方をかんたんに調べました。文字だけでなく音も一緒にした方が、覚えやすいからです。英語でない可能性もありますが、とりあえずは、英語の読み方のサイトでしらべます。
英語の読み方を調べるサイトは、たくさんあります。ぼくは、たとえば Cambridge Dictionary というサイトをよく使います。イギリスのアクセントとアメリカのアクセント、両方を音で教えてくれますし、新しい専門用語もかなりカバーしているようです。
このサイトによると、Anthropocene は、がんばってカタカナにするとアントロポシーンとアンソロポシーンのあいだの音で、イギリスのアクセントだとアに1番強いアクセントがあり、次にポにもやや強めのアクセントがあるようです。アメリカのアクセントだと最初のアント (ソ) ロは平滑でポシにアクセントがあります。
ぼくは、音で覚えたことはすぐ忘れてしまうので、思い出せないときは何度でも聴きなおし、口ずさみます。こういうとき、スマートフォンは本当に便利です。繰り返し聴いているうちに、その単語を見ると音が浮かんでるようになれば、しめたものです。
3. 使われる頻度のトレンドを眺める
さていよいよ、その言葉が、論文や本でどのように使われているのかを調べていきます。論文や本を探す道具として、ここでは誰もが使える Google Scholar を使うことにします。
Google Scholar はいろいろな使い方ができますが、まずは、この言葉が使われる頻度のトレンドを見ることにしました。Anthropocene という語を使った文献がどれくらい出版されているのか、そして、忘れ去られつつある言葉なのか、それとも使う人が増えている言葉なのかを調べることにしました。
Google Scholar のページを開き、中央にある検索窓に、検索したい文字である「anthropocene」とタイプしてリターンキーを押します。すると、すぐにヒットした論文や本のタイトルや著者などの情報が画面にずらっと並びます。これが、これからぼくたちに、Anthropocene という言葉についていろんなことを教えてくれる論文や本たちです。もちろん、近い言葉を使っているせいでまちがってここに示されている文献があるなど、誤差があることもお忘れなく。
その左上にあるヒット数を見ると 35,800。それなりに社会に受け入れられた言葉だと想像がつきます。
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つぎに、その使われる頻度が時代によってどう変化してきたかを眺めてみます。
ページの右上に下向き三角のアイコンがあるのでそれをクリックすると小さな窓がその下に開きます。その一番下にある「Advanced search (やや複雑な検索?)」を選ぶと画面中央に新しい窓がポップアップします。
その一番上の入力窓には今検索した「anthropocene」という語が入っているはずです。一番下に、小さな入力窓が2つあります。ここに、調べたい年を入れます。ここでは、大雑把な傾向を見たいので、「2000 (年) –2017 (年)」「1950–1999」「1900–1949」「1800–1899」「1500–1799」「1000–1499」と順番にタイプし、さっきと同じように、ヒット数を見ていきます。
1回目の検索結果が出ると中央にポップアップしていた窓は消えますが、左に年を入力する小さな窓が開くので、あとはそこに年を入力していきます。結果は以下のとおり。
一目瞭然ですね。 Anthropocene は2000年以降に一気に広まった言葉です。ただし、1900年代後半にも、その予兆はあったようです。合計が上の35,800より小さい理由は不明です。発行年が分からない文献が多いのかも知れません。そして繰り返しになりますが、多少の誤差はあるはずなので、1700年代や1800年代の文献が、本当に Anthropocene を使っているかどうかは要注意です。
さらに、もう少しくわしくトレンドを見るため、1995年から2016年まで年ごとの文献数を数えました。グラフにするとこんな形。
まさに今、この言葉を使った文献が爆発的に増えている最中であることを、このグラフははっきり示しています。その勢いは、まだ止みそうにありません。増加が始まったのは、2000年頃から2005年頃のどこかでしょうか。
このかんたんな作業から、Anthropocene という語が、現在進行形で多くの人に受け入れられつつある言葉であることが、見えてきた訳です。
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次回から、この言葉にどんなメッセージがこめられており、どうやってこの15年で使われるようになったのかという問題に踏み込んでいく予定です。
(つづく)