on outline processing, writing, and human activities for nature
日本人が長旅を準備するには、五分もあれば充分である。彼らには必需品が少ないからだ。束縛されず、家具もなく、最小限の衣類で生きられるという彼らの才能は、日々が戦いである人生の中で、この国民の優位性を見事にあらわしている
ラフカディオ・ハーン
自宅や職場が被災するという経験は、今のところありません。でも、おっさん的に長生きすると、いつか一度くらいそういう経験をするかなと覚悟しているつもりです。
フィールドにしている地域の一部が土砂崩れや氾濫などで農地や建物ごとなくなったという経験はあります。その時に感じたショックは、農地や建物を生産や生活の場にしている方たちの気持ちにくらべればごく小さいものだと思います。
でもその時でさえ、たとえば床上浸水した自宅の後かたづけは、作業量が半端ではないことだけではなく、精神的にもしんどい (あの想い出がこうなっちゃった..) のではないかと感じました。
(そういう時でも、笑顔で作業している農家や畜舎の方たちの逞しさに、励まされたこともあるのですが、それはまた別の機会に)
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そうした経験がきっかけのひとつになり、住み慣れた家を急に出発しなければいけなくなった時への対策を、自分なりに考えました。
そう心がけるようと決めて、10年以上経つでしょうか。今のところうまく機能しています。いざとなればこれでオーケイという小さなリストがあることで、気楽になれる感覚があります。
小さな修正はありました。大切な本の数は15冊でした。当時アウトライナーを知らなかったので、ノートは、ひとつのフォルダにまとめたテキストファイルを考えていました。
長生きするほど、大切な想い出は増えます。大切な本も増えますし、自分の仕事や「しごと」のために集めたデータや情報、そこから考えたことの記録などは、放っておくと幾何級数的に増える感覚があります。それが生活するということなのかも知れません。
だから、毎日の生活のなかで増えていくものを arrangement する作業が大切になると考えています。Arrangement をぼくは按配と訳しています。按配するとは、整理したり減らしたりすることでもありますがそうでない要素があります。 階層を上がると言えばいいでしょうか。
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物理的に大事なものは両手で足りる。小さめのバックパックひとつに収まる。その気楽さは、とても大切なものだと感じています。
皆さんは、ある日突然住み慣れたわが家を出発しなければいけなくなった日のために、工夫していることはあるでしょうか。
なければないで済ませられるものは、それだけ人間を豊かにする。
ヘンリー・ソロー