on outline processing, writing, and human activities for nature
あれは5月末、栃木で早朝の鳥の野外調査が佳境のとき。彼女からメッセージが携帯に入る。調査中にメッセージが届くことはあまりない人なので、少し気になる。
一区切り作業を終えメッセージを読むと
「大変! 玄関に置いてあったカマキリの卵が孵って幼虫が!!」
という内容。ひと安心して、ちょっと笑ってしまう。
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カマキリは、発泡スチロールのような軽くて丈夫そうな素材でできた卵のうの中にまとめて卵を産む。それはたとえば去年の秋、ススキの茎や建物の壁などに母カマキリが産みつけたもの。見つけやすいので、道を歩きながら見つけたカマキリの卵のうを調べれば、あなたの暮らしている場所にくらすカマキリの種類や数の変化をモニタリングできる。
で、彼女のメッセージにあったカマキリの卵のうは、前の週末に、鎌倉の森で彼女が見つけて持ち帰ったもの。自宅の玄関入って左横にある彼女のコレクションコーナー(要は外で拾ってきた植物の実やら鳥の羽やらが置いてある棚)に展示?されていたもの。
知ってる人も多いと思うけど、カマキリの卵が孵ると明るい茶色の卵のうから、本当に無数の数ミリくらいの幼虫がどんどん出てきて大変なことになる。ぼくも虫好き少年の例にもれず、小学生の頃だったか、卵から孵ったカマキリの幼虫が部屋に溢れかえった思い出がある。
なので経験豊かなナチュラリストたちは、孵化したあとの卵のうだけを持ち帰ることにしている。ほとんど形は変わらないけれど幼虫が出たあとの小さな穴が空いていれば、それは持って帰っていいよのサイン。彼女は今回も幼虫の出た穴を確かめたつもりだったけど、それが何かのまちがいだったようす(自然の不思議はまだ奥深い?)。
数ミリしかないくせに、しっかりカマキリの格好をしていてかわいい幼虫たちが、玄関に置いてあるスニーカーやトレッキングシューズ、靴箱にまで溢れている絵を想像して、掃除するのにさぞ苦労してるだろうなと思いながら、ぼくは自分の調査を再開。
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1時間くらいあとだったろうか、朝の調査を終えて一息つきいたときに新しく届いたメッセージを見て、また笑ってしまった。
「見つけた幼虫、ほとんどぜんぶ救出成功」
彼女が書いてきた「大変」は、カマキリの幼虫にとっての「大変」であり、ぼくたちの玄関や靴箱、スニーカーにとっての「大変」ではなかったのだ。小さなカマキリを壊さないように、拾い上げては玄関外びススキとニレの木の茂みに放すことを繰り返したらしい。
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数日後、ぼくが家にもどったとき、彼女はまずはその玄関で、彼女が考えだした数ミリのカマキリ幼虫をソフトにすばやく拾い上げる「名前のない技術」の説明から始まり、数ミリのカマキリたちとのドラマを話してくれた。
ぼくが帰ったあとも、その玄関に残りのカマキリ幼虫がいないか毎朝チェックに行くのが、彼女の楽しい日課になっていた。玄関の柱で、何匹か小さいカマキリの幼虫が、たとえば柱に垂直につかまりながら「イッチョマエ」にカマをかまえ、獲物を待っているのを見るのが楽しいらしい。
毎朝見つけたカマキリの幼虫は、やはり玄関外のススキの草むらに放される。その数が、5匹が4匹に、また6匹になったと思ったら2匹にと、上下しながら少なくなるのが、少し寂しいと言ったりする。
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こんな様子を見ていると、ぼくがこう言うのも何なんですが、日々の小さな出来事をこんな形で楽しめる人と出会えて良かったなと、ちょっと得した気分になるのでした(笑)。