gofujita notes

on fountain pens and inks


[Translation] スティールニブはすばらしい 1, 2

原題: In Praise of Steel Nibs

Brian Gray

Edison Pen Company

 

私がこのウェブサイトに書く文章の大部分は、万年筆ユーザーのあいだに広がっている誤解を解くこと、ユーザーが万年筆を賢く選ぶために必要な情報不足を解決することを目指したものである。その例外はない。

 

この記事で注目するニブ (ペン先) は、現代のドイツ製6番あるいは5番サイズ 3 のスティール (鋼鉄) 製ニブであることを、まず覚えておいて欲しい。ヴィンテージニブ 4 には今のスティールニブにはない品質を備えたものが多いし、ディップペン (つけペン) のニブにも、まったく違う品質をもつものが多い。また、日本の特殊なニブにも、ここで書こうとしていることが当てはまらない場合がある。

この記事のベースになったは、私の万年筆を注文した人たちと毎週のように交わすやりとりである。万年筆を買った人たちとカスタマイズをどうするか話していると、ニブを18Kゴールドニブにして追加料金を払った方がよいのではないかと尋ねてくる人が多い。金の価格がこの5年間 5 とんでもなく高騰しているので、ゴールドニブをつけると高価になってしまう。もちろん、ゴールドニブを売ることにやぶさかではないけれど、私の答えはいつも同じで、こんな風になる。

フレックスニブ 6 が是非とも必要ということでない限り、スティールニブがオススメ。きっと気にいるはず

私は、クライアントが望めばいつでもスティールニブをゴールドニブにアップグレードできるようにしている。しかし、クライアントの95%は、完璧にスティールニブに満足している。例外は、クライアントがもっと柔らかくしなやかなニブが欲しいと思うときだけだ。

この基本的な答えに、次のようなこともつけ加える。

現代のスティールニブの品質であれば、現代のゴールドニブのできるほとんどのことが可能である。フレックスニブがつくりだす線の強弱をのぞいては。

これは、少し一般化しすぎた言い方かもしれない。だから、もう少し詳しく説明させて欲しい。

 

スティール合金は、万年筆ニブの素材として悪いものと見なされてきた。それがまるで決まりきった規則であるかのように。そして、保証外にまでなっている場合もある。私の考えでは、このスティール合金に対する偏見には、いくつかの理由がある。ひとつは、質の悪いスティールニブを使った経験。もうひとつは、一般的に、すばらしい万年筆のニブはスティール製ではないと多くの人が信じてしまっていること。

これらの理由について話を進める前に、まずスティールニブとゴールドニブの共通点と相違点について話したい。

価格以外で、現代のスティールニブとゴールドニブのもっとも大きな違いは、その折れ曲り方。ニブが折れ曲がるのは、ニブに下向きの力がかかったときである。ニブの tine 7 が広がり線を太くして、たくさんのインクを紙に送り出す。少し強く力を加えるだけで線は太くなり、その線のバリエーションを生み出す。現代のスティールニブはステンレス合金からつくられており、きれいに磨いたものや金で表面をメッキしたものが標準的である。ステンレス合金は硬いので、力を加えても折れ曲がらないか、わずかに曲がる程度。

金の合金はステンレスより柔らかいので、ニブ先端の tine をスティール製よりも大きく広げることができる。14Kのニブはある程度広げることができるし、18Kニブはもっと大きく広げることができ、線の太さのバリエーションも大きくなる。ゴールドニブは、さらにニブの下側を薄くすることで、もっと曲がりやすくなる。私の経験では、14Kニブの方が18Kよりも、この加工によってずっとうまく曲がるようになる。この折れ曲げられる程度は、それが過去に生産されたストックゴールドニブでも、加工したゴールドニブでもどちらでもすばらしいが、その良さを理解し評価できるようになるには、経験が必要だ。

もしあなたの書く速度が早いのなら、フレックスニブの良さはあまり大事じゃないだろう。フレックスニブの本当の恩恵を受けるのは、いつもゆっくりていねいに書き、線の強弱をうまい具合につくりながら印象的な文字を書く人たちである。万年筆ユーザーは、このニブの柔らかさや線の太さのバリエーションをつくるために余分なお金を払うべきかどうか、自分で判断しなければいけない。

 

ゴールドニブはスティールニブに比べて腐食しにくいと、指摘する人がいる。これは正しいのだけれど、現代のニブに関しては、それはたぶん適切ではない。ヴィンテージペンにより当てはまることだ。数10年前には、大きく2つの要素がニブの腐食に関係していた。昔のスティール合金は、今のスティール合金ほど腐食に強くなかったし、昔のインクはニブにやさしいものではなかった。現代のスティール合金は頑健であり、現代のインクのほとんどはニブにやさしくできているので、ニブが腐食されるまでにはとてもとても長い時間がかかる。実際のところ、ニブよりもフィード 8 の方が早くダメになることが多い。もちろん、フィードはゴールドニブにもスティールニブにも同じ材質のものが使われている。

私にとって、ゴールドニブがスティールよりも腐食しづらいというのはもう過去の話しである。それにあなたが、スティールニブの手入れをほとんどしなかったり、ニブに優しくないインクを使ったとしても、25ドルでニブを交換できる。この事実に、がっかりしたろうか。たぶん、その必要はない。もちろん、ゴールドニブはスティールニブよりも腐食に強い。でもそれは、とても極端な場合だけだ。個人的には、インクがニブを腐食するということは問題にはならない。あなたが一年以上万年筆を使わず、インクを入れっぱなしにしない限り (しかしこれは、万年筆にあってはならないことである)。

 

次に、より言葉にしづらいテーマに挑戦しようと思う。現代のスティールニブとゴールドニブのあいだには、微妙だけれど「書き味」のちがいがあるという問題だ。この書き味のちがいは、上に書いたような、線に強弱をつけて書くかどうかは独立の問題である。ゴールドニブは柔らかいから、文字を書く人に何かよい書き味をつくり出してくれるかもしれない。たとえニブの柔らかさが生み出す線の強弱をつくろうとしない人でも、ゴールドニブは書いている人の筆圧の変化に抵抗しない。書く速度やニブを曲げようとする力の有無に関係なく。これは、紙に対して垂直にかかる力への「抵抗の弱さ」と言うことができるだろう。この違いは、わずかだけどあることはちがいない。万年筆ユーザーは、このわずかな違いに対してゴールドニブの代金を払うべきかどうか判断しなければいけない。

ゴールドニブとスティールニブが似た書き味をもつようになる仕組みを説明しよう。もっとも大きくて一番大切な点は、イリディウムチップである。ゴールドニブもスティールニブも、一番高品質なものは同じイリディウムチップを使っている (実は、チップの素材が、本当のイリディウムを使っていることはほとんどない。私の IPG ニブについての記事を読んで欲しい。この問題について、より詳しく説明している)。

つまり、どういうことかって? 滑らかさ、フィードバックの強さ、引っかかり、流れの良さ、これらスティールニブのすべての特徴は、ゴールドニブとまったく同じなのだ。チップの素材が同じなのだから。ちがうのは、イリディウムのうしろにある素材なのだ。ゴールドニブだと、そのちがいは折れ曲がりの程度や tine が広がる程度である。スティールニブはゴールドニブと同じように滑らかだろうか? 答えはイエス。同じ書き味だろうか? もちろんイエス。ニブ全体のしなやかさを除いては。

ここで話してきたことを考慮しながら、スティールニブがひどい扱いを受けてきた理由について、もう一度考えてみよう..。

質の悪いスティールニブがあることは確かである。ドイツでつくられたものとは対照的に、中国や台湾、インドでつくられたニブはふつう質が悪い。Tine が揃うよう調整されていることはめったにないし、メッキの質も悪い。ニブ先端につけられたイリディウムも少し柔らかい。万年筆ユーザーがこうしたニブを試したら、その書き味もやはりひどいものになるだろう。そして、スティールニブ全部がひどいと思ってしまうだろう。結局、そうしたニブは安価である。安ものは、安ものでしかない? 答えはイエス。そして、ノー。

この問題をより複雑化しているのは、どの国でつくられたかに関係なく、ほとんどのスティールニブに「IPG」あるいは「Iridium Point Germany」という刻印があることだ。中国製の万年筆も台湾製も、インド製もそしてドイツ製にも、同じ刻印がつけられていることが多い (ドイツの会社は、最近やっとそうしないようになってきた)。ニブがどこで生産されたのかを見分けるのは難しいけれど、そして、そのほとんどにこの刻印があるけれど、それをぜんぶ「ひどい」というカテゴリーにひとまとめにしたくなるし、それが理にかなっていることもある。そう感じている人は、どうか私の書いた IPGニブについての記事を読んで欲しい。

ここではもう、この問題にくわしくは触れないでおこう。私の IPG 記事いちばんのポイントは、IPG の刻印がインチキでその品質について何も保証してないってことである。中国や台湾、そしてインドでつくられたニブは、ドイツでつくられたニブよりも品質が悪い。もし万年筆メーカーが、ニブがどこでつくられたのかを示さない場合、そしてそのニブの品質をあなた自身の責任で判断しなければいけない場合、この IPG ニブの記事が役に立つと思う。

 

その次に、多くの人たちが最高品質の万年筆のニブがスティール製ではダメと感じている事実について話そう。これは、万年筆の価格に誤解があるせいだと考えている。リテイルで250ドルかそれ以上の価格で売られている万年筆は、普通、ゴールドニブだ。これが、「ほんとう」に高品質な万年筆をゴールドニブなしで実現できないという感覚をつくってしまう。いつも必ずと思っているワケではないが、品質は価格と相関していると、みんな感覚的に考えている。

最近の金の高騰が、ゴールドニブ万年筆の販売価格を決める重要な要因であることを、どうか考えて欲しい。スティールニブの価格がこの金高騰の影響を受けないのは言うまでもない。同じ本体をもつ万年筆がゴールドニブだと、100ドルから200ドルほど高価になる。だから、もし値段が品質に依存して決まると考えている人がいて、その人がフレックスニブに興味ない場合、この状況に騙されることになるだろう。250ドル以上するスティールニブのペンなんて、とんでもないことだと思う人もいるかもしれない。でも私は、謹んでそれに同意しない。フレックスニブが何にも増して大切じゃない限り。

リテイルからおよそ400ドルで買ったお気に入りの万年筆がある。最近、私はその万年筆のゴールドニブを100ドルで売った。そして、筆記体イタリック用のスティールニブに取り替えたのだけれど、それは今もお気に入りの万年筆である。このペンには、間違いなく私がこれまで使った中で最高品質のゴールドニブが付いていた。しかし、少なくともこのペンに関して、個人的な感覚では、そのゴールドニブには100ドルという価値に見合う書き味を提供してくれなかった。

さて、以下は過去20年 9 にわたる金の価格を示したグラフである。

明らかに、金は天井知らずで高騰している 10。ニブに値段をつけるとき、ニブとペンをつくるメーカーは、もちろん利益を上げなければいけない。そして金が高騰しつづけている場合、それが万年筆の価格に大きく影響することは間違いない。もし、ペン本体が同じでスティールニブとゴールドニブの値段が金の価格のせいで100ドルから200ドルちがう場合、そして、ユーザーがフレックスニブを希望しない場合、スティールニブが一気に魅力的になってくるはずだ。

 

スティールニブは、ゴールドニブとすべて同じようにカスタマイズできるだろうか? フレックスニブへのカスタマイズとニブ先端の再加工 11 以外なら、答えはイエス。スティールニブは、ゴールドニブと同じようにすべての先端サイズ (字幅) にできるし、イタリックへのカスタマイズも可能だ。その一方で、スティールニブをフレックスニブにはカスタマイズできないし、その先端の再加工も不可能ではないけれど、私の理解する限りゴールドニブにくらべとても難しい。私の友人には、たくさんの苦労をしながらスティールニブを再加工する人がいる一方で、そんなこと頭から諦めている人もいる。ニブ先端まで再加工し高度にカスタマイズされたスティールニブを探し出すことは、同じようにカスタマイズしたゴールドニブを見つけるよりずっと大変ではないかと思っている。

 

最後に、手前味噌かもしれない話題について少しだけ書こうと思う。エディソン・ペン・カンパニーのニブは、スティール製もゴールド製も、出荷前に私がすべて調整している。ニブひとつひとつを拡大鏡で見ながら必要なときは調整し、インクに浸けて試し書きする。買ってくれた人がのぞむ形に、実際に高品質の紙で書きながらテストしたあと、ペンを洗い乾かしてから出荷する。カスタマイズしたニブは、その出来栄えを示すサンプルと一緒に、注文主の元へ出荷する。だからこそ、エディソン・ペンのひとつひとつは、それがスティールニブであろうとゴールドニブであろうと、箱から出した瞬感からあなた好みの書き味にできあがっているのだ。

この記事が現代のスティールニブの扱いに新しい光を投げかけることを期待している。私は、ペン・コミュニティの中でスティールニブが冷遇され過ぎていると感じている。金の価格が高騰しっぱなしの現在、私は、万年筆を使う人たちに、スティールニブを再評価して欲しいと願っている。フレックスニブ以外であれば、よく調整されたスティールニブは、素敵な書き味をとても安い価格で経験させてくれるのだ。

 

2010年2月18日

brian@edisonpen.com

 

注記: この私の記事に書かれていることはすべて、私個人の経験にもとづくものです。これを「権威」としたい訳ではありません。あなたがここに書かれていることに誤りがあると感じたとき、できるだけの努力をして、より正確な情報を受け入れたいと思っています。

 

  1. Brian Gray and Jake Willis of Edison Pen Company kindly permitted for translations of this article on July 19, 2018. All responsibility for this translation is in Go Fujita.
  2. この翻訳は、著者である Brian Gray とその同僚である Jake Willis の許可を得て作成したものです。訳文の責任はすべて Go Fujita にあります。
  3. ニブ全体の大きさを示す番号。小さなペンから中程度のペンには5番、中程度から大きめのペンには6番ニブかそれ以上サイズが使われることが多い。日本メーカーはこれとは別の番号体系をもつ。
  4. 現在、製造されていないニブ。たとえば1940年代から1960年代に生産されたニブ。
  5. 2005年から2010年頃。
  6. 柔らかくしなりのあるニブ。線の強弱がつけやすい。カリグラフィーに使うことのできるニブのひとつ。
  7. ニブ先端のスリットを挟むふたつのフォークの歯のような部分。
  8. ニブを裏側から支えインクをニブにおくる部分。素材は、エボナイトというゴムの一種やプラスティックが多い。
  9. 1990年から2010年。
  10. Brian Grayがこの記事を書いた2010年からの過去20年は、まさに金の価格が高騰しつづけていた時期でした。1990年に1オンスあたりおよそ450ドルでしたが、2010年には1,100ドルと2.5倍近くに価格にまで上昇しています。その後、2011年から2012年の1オンス1,800ドルをピークに、近年は1オンス1,200ドル前後で安定していますが、いずれにしてもいわゆるヴィンテージ万年筆がつくられた時代にくらべて現代の金は高価で、それがゴールドニブを付けた万年筆の価格を押し上げているというこの記事の説明は、今も当てはまるものだと訳者は考えています。ここでの金の価格は「GOLDPRICE」の値に基づいています。
  11. ニブ先端の素材を付け直すこと。