「ぼくたちの時代の本」という紙の本の紹介をしよう (1)。シリコンバレイや京都、ニューヨークや東京を自在に行き来する Craig Mod が伝える、ぼくたちの時代の本とはどんなものか?
1. 紙の本は生き残る
デジタルの本が、紙の本にすべてとって代わるわけはない。だとしたら、紙の本は、紙の本でしか表現できないことを目指せばよい。メッセージをテキストだけでなく、紙の質感、紙とインクの色、タイポグラフィや写真、絵、表紙の素材、そして印刷方法を通して表現するのだ。そしてそれは、なんと、ぼくたち日本人の十八番でもあるそうだ。
2. デジタルではすべてのページが表紙になる
なるほど。で、デジタルはどうなる? 2010年に iPad という新しいデバイスが登場し、Kindle などの e-ink reader が表現できなかった、デジタルならではの高品質で自由なデザインが可能になった。Retina ディスプレイの登場で、さらにそれに磨きがかかった。
なるほど、なるほど。
でも彼は、e-ink reader のファンでもあるらしい (ぼくと同じだ..)。e-ink reader のフットワークのよさとやさしさ、iPad のようなタブレットの高機能と気高さ。それらを踏まえたこれからの本とは?
表紙は本の入り口でなくなり、どのページもが表紙の役割を担うようになった。デバイスが映し出すデジタルの文字は、ハイパテキストとしていたるところに繋がっている。だから、表紙をアイコン化し、すべてのページに、表紙と同じくらいの気配りをしよう。表紙が死に、すべてのページが表紙になるのだ。
ハイパテキストが、本を構成する部品の役割を変えるなんて、なんて斬新な視点なんだ。でも、これは彼オリジナルではないようだ。その先駆けとして、新しい表紙の解釈が Seth Godin (あの人か!) の Poke the Box (あの本か!!) を例に紹介されていたりする。たしかに、文字のないあの表紙やシンプルな本文を iPad で見たときには、これまでにない何かを感じた。iPad の iBooks についてきた昔ながらの本をみたときの、少し残念な気持ちが吹き飛んだ。
3. デジタル雑誌はシンプルに
そう感心している間もなく、話題は雑誌へ。デジタルの雑誌は、コンパクトに、かつ、説明不要なほど洗練したシンプルなデザインに。
そうそう。たしか2年少し前、The Magazine の創刊号をみて、これぞこれからの雑誌ではと肌で感じた。でももちろん、その理由を分析したりはしなかった。この章を読んで、ぼくのようなただの本好きが、なぜあの雑誌に新しさを感じたのか、納得できた (残念ながら、この The Magazine は今年に入ってから休刊?しているが、今もバックナンバーは入手できるようだ)。
4. 形のない Apps に輪郭を
そして、再び紙の本への回帰で、この本は締めくくられる。彼が Flipboard という iPhone App の開発に関わったときの物語だ。
デジタルのアプリケーションには「本当の」形がない。しかし、たとえばその制作プロセスを紙の本に記録すれば、製品に輪郭をあたえることができる..。今のシステムを活用すれば、短期間のうちに自分の思う紙の本をつくることもできる。それを、お金を儲けるためではなく、お金を儲ける形なき製品に輪郭を与えるために使う。うーん。またもや、新しい本の提案だ。
5. 手にとってほしい
では、この「ぼくたちの時代の本」という紙の本は、そこで展開されている主張を、どれくらい体現できているだろうか?
ぼくの感想は、言うまでもない。しっかりとした輪郭をもつ、内容に見合った質感ある紙の本。紙の色も、インクの色も、タイポグラフィも、レイアウトも、写真も、そして絵も。テキスト本文だけでなく、できあがった本をひっくるめたすべてが、表現手段であることが伝わってくる (関係ないけど、WorkFlowy や Byword という Apps に初めて触ったとき、アプリケーションも表現手段のひとつだと思った。それと似た感じ)。
どう? おもしろそうでしょ。
え、どこからどこまでがこの本の内容かわからないって? そう思った人は、ぜひこの本を手にとって読んでほしい。目次も本文もそこにある。でも、もっと大切なことは、実物を手にして初めて理解できる何かに丹精を込めた紙の本もある、ということだ。
おわりに
言い忘れてしまったけれど、Kickstarter というクラウドファンディングを使った資金集めについての章もある。シルクスクリーン印刷の布張り表紙という、多くの人が時代遅れと思っている、でも実は世界に誇るべき技術を守るための活動を、新時代のシステムを使って支えたなんて、ほんとすばらしい。
最後に、これからへの勝手な期待も少し。ぼくの好きなメッセージは、彼が以前、Post-Artifact Books & Publishing というデジタルの本にまとめたもの。
本はものではなく、システムである。テーマが決まり、アウトラインとテキストが練り上げられ、レイアウトなどがデザインされ、それも何度も修正されながら完成し、パブリッシュされる。しかし、本はそこで終わりではない。読者はそれを読みながら、情報処理する。読者どうしで、その情報をシェアしたり、著者にフィードバックしたりもする。そのプロセスも本ととらえることで、デジタルの世界ならではの、新しいシステムがみえてくる。目の前にある物理的なものとしての本だけが、本ではない。
今回の翻訳に、この本が含まれていなかったのが、少し残念。重複している内容もあるのだが、この部分がその後どう育っているのか、とても興味がある。このテーマに正面からとりくんだ彼の文章を、彼と彼の仲間がつくった本で読みたい。
翻訳もすばらしいと思う。彼らしさが満載の文章になっている。でも正直言うと、ぼくは彼の (英語の) 文章はもっとすごいと思っている。もしあなたが英語好きだったり、英語を学びたい人だったりするなら、この本に登場する職人やデザイナたち顔負けの、こだわりの文章もぜひ味わって欲しい。
追記:この紹介を書いてから、いくつか「ぼくたちの時代の本」の書評を読みました。その中でも、ここを訪れた皆さんに読んでいただきたい記事が2つあります。この分野を包含する形で活躍されている藤井太洋さんと、バランス感覚の高い倉下忠憲さんの書評です (え? もう読んだ?? そりゃそうですよね.. 笑)。
(March 14 2015)